通報処理ガイドラインについて(続き)
公益通報者保護法に関して、2005年2月ころに書いたものの続きです。
—-
二 内閣府による施行準備
本法を円滑に施行するため、内閣府では、施行までの間に以下の活動を行うこととしている。
① 政令の制定(2005年3月予定)
② 解釈指針の出版、労働者向けハンドブック・パンフレットの配布(2005年春ころ)
③ 全都道府県での説明会開催(2005年夏ころ)(注12)
④ 民間事業者向け通報処理ガイドライン策定・公表
⑤ 国の行政機関向け通報処理ガイドライン(内部の職員等からの通報)策定・公表
⑥ 国の行政機関向け通報処理ガイドライン(民間労働者からの通報)策定・公表
⑦ 日弁連・連合等に対し、民間としての相談窓口整備の要請
⑧ 施行後5年を目途とした見直し(附則2条)のための情報収集体制整備
この中でコンプライアンスの観点から特に極めて重要性があるのが④から⑥までのガイドラインである。④は、民間事業者がコンプライアンス室等で従業員から内部通報を受け付ける場合の事業者の処理の留意事項について、企業の法務担当者、労組幹部や弁護士等で組織する民間事業者向けガイドライン研究会(内閣府が社団法人商事法務研究会に運営を委託している。)においてとりまとめたものである。⑤は、中央省庁が内部の職員等から内部通報を受け付ける場合の処理要領の大枠を示すものであり、⑥は、民間事業者での不正行為等が民間労働者から処分権限を有する中央省庁に通報された場合の処理要領の大枠を示すものであり、⑤及び⑥はいずれも全省庁で構成される(衆参両議院、最高裁判所、会計検査院及び国会図書館もオブザーバー参加)関係省庁連絡会議で2005年春ころ了承を得た後に各省庁で訓令等の内部規則に採り入れられることを想定している(注13)。
これら3つのガイドラインは、3月ころからパブリックコメントに付し、5月以降に正式決定される予定である。
三 民間事業者向けガイドライン案
1 ガイドライン案の位置づけ
近時、企業不祥事が相次いで発覚しているが、従業員の内部告発によるものも少なくない。そして、本法の成立は通報者保護の問題に関するアウェアネスをすでに相当高めたことは誰も否定できないであろう。不祥事が内部告発によって世間に公表される企業には、マスコミが大挙して取材に押し寄せ、不祥事を隠蔽していた企業として毎日のように新聞やネットで非難に晒され、当該企業が大変なダメージを負うという流れはすでに顕著な事実である。さらに、もし内部告発を行った者に対し解雇その他の不利益を課するようなことがあれば、たちどころに世論の集中砲火を浴びることになる。その意味で、本法は、その法律の各条項が規定する要件・効果を離れたアナウンスメント効果において、企業の重大なリスク要因となっている。
かかるリスクを回避する手段は、ただ一つ、コンプライアンスを実践する取り組みをただひたすら継続することである。
このコンプライアンス実践への取り組みの第一歩として、企業自身が不正行為等を自ら発見し、自浄作用によって是正し、再発防止を図る仕組みを整えた上で、これを適切に運用することが求められる。不正行為等を隠蔽せずに、正しくこれに向き合い、消費者や株主をはじめとするステークホルダーに情報を開示するというすべての企業に企業として当たり前のスタートラインに立ってもらうための後押しをするツールとして、民間事業者向けガイドライン研究会によるガイドライン案が検討されているところである。
本ガイドライン案は、あくまで各企業による自主的な取り組みを支援するための参考に供されるものに過ぎず、法的な拘束力は全くない。しかし、ガイドラインを無視して、労働者の通報しやすい内部通報窓口を作らずにいると、公益通報者保護法の外部通報要件を充たしてしまう可能性があるし、従業員等の不満が鬱積すればかかる要件を充たすかどうかにかかわらず(通報者が一般法理によって保護されることを目指して)、従業員等は外部通報の決意を固めるかもしれない。最終的には、不正行為の隠蔽企業として世間の非難を浴びて社会的信用を著しく損なうことになるであろう
2 2005年3月現在でのガイドライン案の概要
(1) 通報窓口は、経営幹部を責任者とし、部署間を横断的に処理することが可能な体制とすべきとする。また、法律事務所や労働組合を窓口にしたり、グループ会社の窓口を通報窓口にすることも可能であるとする。
民間事業者向けガイドラインは、大企業にも中小企業にも適用可能なものとすることを目指しているため、予算上の問題が生じる法律事務所のような組織外部への窓口設置については、各企業に任せる形となっている。しかしながら、筆者は、少なくとも大企業や一定規模以上の中小企業は、原則として法律事務所への外部ヘルプラインの設置が必要と考えている(注14)。
外部ヘルプラインを設けることには2つのメリットが考えられる。一つは、通報後に社内の人的つながりから自分が通報者であることが社内に知れ渡って不利益を受けてしまうのではないかとの懸念を抱くのを払拭できる点(通報者保護の観点)である。もう一つは、企業内部にしか通報窓口がない場合、通報処理をする者(あるいはその報告を受けた経営陣)が自己保身のために通報を握りつぶしてしまうのではないかとの懸念が通報者側に生じやすいが、組織外部の弁護士が通報を受けることで通報が握りつぶされることはないであろうとの通報者の信頼が得られる点(コンプライアンスの観点)である。したがって、組織外部の弁護士が経営者の犬であると認識されるようでは外部ヘルプライン制度は機能しない。よって、当該企業の顧問事務所はおそらく外部ヘルプラインとしてふさわしくないと思われる。労働組合又は日弁連が推薦(筆者は、外部ヘルプライン業務研修を受けた弁護士を日弁連及び単位弁護士会が日本経団連や地域の商工会議所等と連携して推薦又はあっせんする制度を設けることを提案したい。)した法律事務所又は弁護士を外部ヘルプラインとするのが理想であろう。その上で、外部ヘルプラインの事務所には、企業自身が適正な調査や是正措置を行わなかった場合には行政機関、株主又はマスコミ等に組織的な本格的隠蔽が始まる前に公表する権限を与える(注15)とか、通報を受けた弁護士自身に調査を指揮する権限を与えるといった工夫が企業側に求められよう。
(2) 各企業は内部規程に通報処理の仕組みを明記することとし、どのような内容の通報を受け付けるかについては各企業にゆだねられている。
本法は、通報対象事実を本法別表に掲げられている刑法、食品衛生法等のほか、政令で定める法律に規定される犯罪行為及び従わなければ罰則が科せられる行政処分(勧告・命令等)の理由とされている事実に限定している。
しかしながら、以下の理由から、筆者は窓口において受け付ける通報の範囲はそれよりはかなり広くすべきと考える。
① 窓口職員が、すべての通報受付時に、通報内容が本法別表に掲げる7本若しくは400本超に及ぶ政令指定法律による犯罪又はそれらの犯罪行為に関連する法令違反のいずれかに該当するか否かを即座に判断できない。
② 通報内容には流動性がある。即ち、通報時に本法の「通報対象事実」に厳密に該当しなかったとしても、コンプライアンス室において、その後調査を行えば、別表及び政令に掲げる法律による犯罪が含まれることが判明する可能性は否定できない。そのような場合に通報を受理しないのは妥当でない。
③ そもそも各企業はCSR(Corporate Social Responsibility)の観点から、本法の通報者保護の対象となる法律でなくても犯罪行為を看過してよいはずはないから、当該企業におけるあらゆる犯罪行為の事実を通報の対象とせざるを得ない。
以上①から③までの理由からは、何法の違反かという点は通報を受け付ける際に重視すべきではない。また、犯罪等以外の通報を広く受け付ける以下の必要性がある。
④ 冒頭で述べたように、本法の目的は犯罪の摘発にあるのではなく、公益通報を通じた法令遵守体制の確立にあるから、法令を遵守させようと意図してなされた法的義務違反行為一般に関する善意の通報者からの情報提供を無に帰することがあってはならない。
⑤ 適正な業務の推進に関係する問題である限り誠実に対応することが求められる。多くの企業において、すでに就業規則であらゆる非行(品位を辱める行状や信用失墜行為等)についても懲戒の対象とされ、又はすでに内部通報システムのある事業者にあっては倫理違反行為をその通報対象としているのが通常である。
⑥ 法令未整備による権利利益の侵害の問題にも対応すべきである(例えば、人の健康又は安全への危険や環境の破壊についてはその危険があれば通報対象となり、必ずしも法令違反の存在は要求されないこととすべきである)。
⑦ 不当な行為を見逃していると、民法715条等による不法行為責任が認められてしまう可能性があり、かかるリスクは回避すべきである。
そして、本法の「通報対象事実」が限定されたのは、通報者の保護の観点から明確性が要求されたからであって、通報窓口の運用の便宜又はコンプライアンスの観点からではないことに鑑みれば、各企業においても、本法の通報対象事実たる犯罪行為の事実及び当該犯罪行為に関連する法令違反行為、法的義務違反行為(法令違反のみならず契約上の義務に違反する場合を含む)にとどまらず適正な業務の推進の観点から調査又は是正されるべき事実(倫理違反行為等)をも通報対象とすることが強く求められる。
次に、公益通報者保護法は、将来の犯罪行為等については、「通報対象事実が生ずるおそれ」ではなく、「通報対象事実がまさに生じようとしている」場合のみを射程にしている。しかし、調査を行い、是正措置をとるために必要な時間を考慮するならば、一刻も早い段階で調査に着手しておくことが、社会的責任のある企業として従業員や顧客を初めとする国民生活への不当な影響を回避することにつながるから、「通報対象事実が生ずるおそれ」があれば、通報は受け付けるべきこととなる。
実際の運用を考えても、窓口による受付という初期段階で「通報対象事実が生ずるおそれがあることが確実であるが、通報対象事実がまさに生じようとしているということはない」との判断をあえて行った上で全く是正の取り組みをしないのは事業者としてあまりにも大胆なリスクテイクである。そもそも「通報対象事実がまさに生じようとしている」場合に限って本法による通報者保護の対象とされたのも上記⑧と同様、明確に通報者保護要件を限定することによって、本法の保護対象となる通報者の救済を迅速かつ確実に行うのが趣旨であって、通報窓口で受け付けるべき範囲を限定する目的ではないことは国会審議の過程からも明らかである。
かくして、各企業は、およそ倫理的に問題がありそうな事実についてはすべて通報として真摯に処理する姿勢が求められているといえる(注16)。
(3)通報処理(通報受付、情報管理、調査)の各過程で通報者の秘密を守ることとしている。
通報者の保護は、解雇や不利益取扱いからの保護だけにとどまるべきものではない。企業がコンプライアンスに積極的に取り組むのならば、通報者に気兼ねなく通報してもらえる環境を整えなければ法令違反等は発見できなくなる。そこで、通報者の秘密を守ることは最低限のルールとなる。特に重要なのが調査時における秘密保持である。通報のあった部署についてのみ調査を行うと、あの人が通報したのではないか、との犯人探しが始まってしまう可能性が高い。秘密を漏らした者には懲戒処分で臨むという厳しいルールを設けるほか、調査を行うコンプライアンス室の側も、調査を行えば通報者が特定できてしまうおそれがあるならば、ダミーで全社的な調査を行うとか、数か所の調査を同時に行うとかの工夫をしなければならないであろう(注17)。
(4)通報者に対して、通報受領の通知をすることが望ましいとするほか、その後の対応や調査結果、是正措置の内容については通報者に通知するとしている。
これも通報者の通報後の不安を除去するために必要な規定である。通報者は当該事件について看過できないほどの強い正義感と関心があるからこそコンプライアンス室に通報するのである。その通報者を放置すれば、通報者は不信感を抱き、ついには外部通報へのインセンティブを与えてしまうことになる可能性があることに留意すべきである。
(5)是正措置及び再発防止策を講じ、一応の事件処理が終了した後も、これらが十分に機能しているか否かを確認し、必要に応じて改善することや、通報者への嫌がらせが行われたりしていないことを確認するなどのフォローアップをすることとしている。
コンプライアンスの推進というのは継続的な取り組みであるから、常にフォローアップを行い、過去の改善策に不都合が生じたら是正を重ねるという姿勢が求められる。
(6)事業者は公益通報をしたことを理由として解雇や不利益取扱い(懲戒処分、降格、減給等)をしてはならないとしている。
この規定は本法3条から5条までと同趣旨であり、企業がこの規定を自社のガイドラインに盛り込むか否かに関係なく、強行法規としての意味がある。
(7)通報処理の仕組みやコンプライアンスの重要性について社内で周知することとしている。
経営者がこのガイドラインを遵守するインセンティブは、実は本法そのものにはない。このガイドラインを遵守しない場合には取締役は忠実義務又は善管注意義務に基づくコンプライアンス体制確立義務を果たしていないことになり、不祥事発生の際には企業が被った損害及び第三者に与えた損害について被告として当該企業又は第三者に対して、賠償義務を負わせられる可能性が極めて高くなるという点にある。果たしてこのガイドラインが会社法上又は判例法上要求されるコンプライアンス体制確立義務の履行として十分なものか否かについては法律実務家による今後の議論にゆだねられるのであろうが、少なくとも標準モデルとしての本ガイドラインすら遵守できない企業の場合、他の企業との比較において標準レベルに達していない(つまり悪意・重過失がある)との評価を裁判所から受けることは十分に予想し得るところである。十分な周知もせずに実質的に機能しない通報窓口を設置してもコンプライアンス体制確立義務が果たされたとは到底評価できないから、経営者の法的責任は免責されないであろう。
3 ガイドラインに規定のない点についての若干の考察
(1)受動的な仕組みの当否
企業側の措置が本法への対処にとどまる場合には、必然的に受動的な対応にならざるを得ない。すなわち、社員からの内部通報がなければ通報対応室は動かないことになる。例えば、通報対応室の社員が自らなんらかの違法を発見したとしても、通報処理の権限しか有しないならば、通報があるまで指をくわえて見ているしかなく、その間に証拠が散逸することもあり得る。したがって、ガイドラインの趣旨であるコンプライアンスの実践を推進する観点からは、通報処理は、法務部やコンプライアンス室等、通報がなくても積極的に社内改善への取り組みを恒常的に行う権限のある部署が行うのが望ましい。
(2)社長が不祥事を起こした場合
末端の社員の不祥事については、社長直属の通報処理室が通報事案を処理すれば足りる。しかし、社長自身が不祥事の当事者である場合には社長直属の機関が通報処理をするのは問題がある。社長自身が不祥事の当事者である場合は副社長以下主要な経営陣も当事者である場合が多いであろうから、経営陣の下にある通報処理部署が不祥事を暴いて是正を図ることはほとんど期待できないといってよい。そこで、そのような場合には監査役に通報処理の権限を移すことが考えられる。監査役には大会社及び中会社であれば業務監査権限が付与されているから、これは可能である。ただし、小会社であれば会計監査権限しかないので、かなりの制約を受けることになろう。また、業務監査権限がある監査役に通報をしても、監査役まで不祥事に深く関わっている場合もあり得る。社外監査役に活躍してもらうことも可能であろう。
法律事務所に通報受付だけでなく、調査も含めた通報事案全体の処理をする権限を付与する方法も考えられる。この場合、通報対象事実の調査は、社員の協力がなければなしえないから、就業規則にこれを明記することが必要であろう。
(3)どのような情報開示・公表が求められるべきか
本法には、ディスクロージャー義務は規定されていない。しかしながら、ステークホルダーに対する是正結果の公表等を行わないでいると、それが後に発覚した場合のリスクが大きい。逆に常にすべてを公表することにした場合には、軽微な違法等であったときにはその軽微な違法行為をした者が社内にいられなくなってしまうなどの問題が生じてしまうかもしれない。結局は、ケースバイケースで、株主、顧客、従業員、取引先、会社自身という利害関係者のそれぞれの利害を見ながら対応していくということになるのではないだろうか。上場企業においては、企業不祥事の公表は株価に不当な影響を与えないよう適時に行う必要があるであろうが、不祥事隠蔽との非難を受けて企業そのものが沈没してしまうような事態は回避するべきである。
四 筆者が日弁連に要望している内容
筆者は、本法の担当官かつ弁護士として、日弁連には以下の役割を果たすことを期待している。
(1)労働者のための公益通報相談マニュアルの作成
本法は、内部告発をした者のうち保護されるべきことが比較的明確な者のみを限定的に特別法により保護するものに過ぎない。換言すれば、これまで労働基準法18条の2及び様々な判例によって保護されてきた内部告発者の範囲は、本法の保護範囲よりも広いと一般的に考えられている。そうであれば、内部告発をしようとする者のために法律相談を受ける弁護士は、本法の保護範囲の解釈に精通しているだけでは不十分である。日弁連としては、これまでの各裁判例等の考え方を分析し、本法成立による影響もにらみながら今後の裁判上の保護範囲を適切に予測し、内部告発者保護要件を理論的に明示して、それを全国の弁護士に相談マニュアルとして周知するべきである。全国の在野法曹が日弁連の示す理論的に精緻な一定の判断基準によって相談者にアドバイスを積み重ねていけば、裁判官も裁判上これを尊重する可能性もある。
これは、筆者が日弁連の消費者問題対策委員会に準備を進めるよう要望したところ、現在まさに相談マニュアルを準備中とのことである。
(2)弁護士に対する公益通報相談研修の実施
各企業に通報窓口ができるようになれば、弁護士に対して、公益通報に関して労働者から相談されることが増える可能性がある。また、通報に対して企業側としてどう対処して良いかわからず弁護士に相談にくるということも考えられる。①で作成したマニュアルを利用して、弁護士としての対応の仕方について研修を行うべきであろう。
(3)民間事業者向け通報処理ガイドラインの周知、解説の作成
上述したとおり、弁護士には外部ヘルプラインとなることが期待される。また、法律の専門家として、通報処理のあり方や通報の結果その会社をどのように是正すべきかについて意見を求められることもある。これら企業側のニーズに的確に対応するためには、日弁連としても通報処理ガイドラインを周知したり、余裕のある企業にはより高次のレベルの取り組みを後押しするガイドブックを用意することが考えられる。
さらに、一歩進めて、日弁連が(1)で示された内部告発者の保護範囲に関するコンプライアンス基準を作成し、全上場企業に対し、これを遵守するとの回答を求め、各企業の回答を日弁連のウェブサイトにそのまま掲載・公表するという方法も提案したい。以後、もし企業が保護されるべき通報者に不利益取扱いをすれば、その企業は告発によって法令違反が明るみに出ることに加えて、「嘘つき企業」だと非難されることになる。市場から退場させられないためには、企業はこれを遵守し、その結果労働者も消費者も株主も皆保護されるわけである。
五 まとめ
本法とコンプライアンスの関係を考える上では、本法の通報対象事実となる事実の範囲と、コンプライアンスの観点から労働者による情報提供を社会的責任ある企業として受け止めて真摯に対応すべき範囲とが全く違うものであることを理解することが肝要である。
本法は立法技術的な問題から労働者保護法の体裁をとっているのであり、本法の遵守は企業の法令遵守を証明する必要十分条件ではない。例えば通報が不誠実であったとして当該通報者を解雇することが本法で許容されるからといって、当該通報者を解雇して通報があった事実をうやむやにしても企業の不祥事が雲散霧消するわけではなく、不正行為の是正はコンプライアンスの観点でなされなければならない。
そのような基本を理解すれば、コンプライアンスの推進を目的として内閣府が関与して策定している各種ガイドラインが、本法の労働者保護の枠で捉えられるものとならないのは論理必然である。
本法を無視することの直接的な効果は、通報者に対して行った解雇が無効になったり、通報者に損害賠償をしなければならないという程度に過ぎない。しかし、本法を形式的に遵守するだけの受動的な対応しかとれない企業に与えられる最終的な制裁は、企業の消滅であることを肝に銘じるべきである。
各企業には、通報窓口の設置が労働者とのコミュニケーションのパイプを増やし、業務改善を図ることができるきっかけ作りになると前向きに捉え、従業員との信頼関係の構築のツールとして役立てるつもりで、積極的に内部通報窓口を設置して欲しいと願っている。
<注釈>
12 本法は、世間的には必ずしも注目度が高いというわけではなく、筆者が学生や友人に「公益通報者保護法を担当している」と話すと、たいていは目を白黒させて「なにそれ」と聞いてくる。本法の存在を知らない一般の労働者でも気軽に相談又は通報できる段階にまで施行までに周知することが大切であると考えている。
13 ⑥については行政機関が事業者に対して行政処分をすることもあるので、法令ごとの個別の通報処理ガイドラインが各省庁の法令所管部局から出される可能性もある。地方公共団体に行政権限がある法令については、権限ある行政機関は県や市町村となるため、それらが独自のガイドラインを出すこともあり得る。
14 小規模の企業は従業員同士の人的つながりが強いことから、内部通報の仕組みを作っても機能しないおそれが大きい。実は規模の小さい企業こそ外部ヘルプラインを整えて通報者の秘密を守れるようにしておくべきである。
15 自ら調査しなかった場合に、外部の弁護士等が公表する制度には横浜市不正防止内部通報に関する要綱(平成16年3月23日制定)がある。民間企業について弁護士等がこれをするのは株主から訴えられるリスクがあるため事実上困難かもしれない。
16 同様の理屈は国の行政機関についても完全にパラレルに成り立つ。そこで、筆者が原案作成に関与した国の行政機関向けガイドライン案においては、本法の「通報対象事実」に限らず、広く通報は受け付けなければならない旨記述している。
17 ダミー調査の必要性を説くものとして、阿部泰隆(2002)「不正告発者の保護制度と通報褒賞金を提案する(上)」自治研究78巻12号20頁。