裁判のスタイル
裁判になっている事件では、代理人弁護士の裁量は極めて大きく、この裁量をどう活かすかというのは弁護士にとって悩ましい問題です。
代理人は訴えを取り下げたり、和解したり、請求を放棄したり、といった権限をもらうための委任状を依頼者からもらって裁判手続に臨むので裁量が大きいのは当然のことなのですが、そういう法律上の大きな判断についての権限は、現実には依頼者とよく相談した上で行使するのであまり問題になりません。
では実際上、弁護士はどんなことで悩むかということですが、裁判手続は原告と被告の主張書面のやりとりでバトルをしますので、この書面に何を書くかということが弁護士にとっては重要な問題です。主張書面にどの段階で、どんな主張を、どこまで具体的な事実を示して書くか、というのは、手続を進める上での戦術なので、法律では決まっていません。弁護士によってさまざまな考え方があり、複数の弁護士で共同受任している事件では、どんな書面にするかはよく話し合ってから書き始めないと、後で揉めることになります。
1.事件が多すぎてこなしきれない弁護士
こういう人は、必然的に極めて短く簡潔な書面を書きます。しかし、短くても主張すべきことがちゃんと入っていれば良いのですし、裁判官も読みやすいので、これはこれで立派なスタイルです。
2.事件に入れ込む弁護士
やたらに長い書面を書く人がいます。一つのことを説明するために、事例を挙げたり、比喩を用いたりして、ねちっこく主張をします。丁寧に書く分説得力はあるのですが、読んでいて疲れます。主張漏れをする心配が少ないというメリットもあるので、これも立派なスタイルです。
3.主張を急ぐ弁護士
裁判の初期の段階でどんどん関係事実を主張していく人もいます。相手方が主張するのを待って反論を書いても良いのですが、待ちきれずにどんどん事実や証拠を出していきます。民事訴訟法では、時機に遅れた攻撃防御方法は提出できないことになっており、こういうスタイルが推奨されています。裁判所にとっては、こういう弁護士は手続の進行に協力的なわけですから、受けが良いと思います。また、早いうちからこちらに有利な事実や証拠をどんどん提出するので、裁判官にはこちらに有利な先入観を与えることができます。しかし、そうはいってもこちらのカードをどんどん見せていくと、相手に突っこみどころを与えてしまう危険もあります。
4.なかなか主張を出さない弁護士
相手方のカードが一応そろうまでのらりくらりとかわして、時間を稼ぎ、相手の手の内が分かってから攻撃を始める人がいます。裁判官には受けが悪いですし、主張できるような有利な事実がないのだろうとの誤解を裁判官に持たれてしまう危険があります。しかし、自分が被告代理人で、原告の主張が曖昧だというときには、こちらが主張を何もしないままにしておけば、原告もそれ以上具体的事実を主張できずに早期に結審し、原告敗訴になるかもしれないので、主張の出し渋りも立派な戦術です。
裁判の代理人弁護士は、これらのことをよく考えて、どのタイミングでどの事実又は法律上の主張を提出するか、よく見極めることが重要なのです。しかし、こういう判断は一長一短があって、どれが正しいと決まっているものでもないので、事件が終わってみないと、そのときの戦術が正しかったかどうかはわからないものだと思います。私は、基本的に真ん中のスタイルにしたいと思ってはいますが、結果的に「どっちも正解!」(つまり、どのようなスタイルでも結論は一緒)という場合がほとんどのような気がします。それでもやっぱり悩んでしまうのですけれど。最終的にはなぜ悩ましいのか、自分の考えはどうなのか、ということを依頼者によく話して、了承をもらうことを心がけています。